昔 (‘60’sや’70’s) のロックを聴いていて時々思うことが、いまどきの音楽が昔の音質だったら、はたしてちゃんと感動出来るんだろうか?です。
逆に、昔のロックを今の音質、というか、その曲に合った最適の音質で鳴らしたらどうなんだろう?きっと、むっちゃ凄い曲になるんじゃないかと思うんですが。(と書いた後に冷静に考えると、もし出来ても大して変わらないような気もしてきました 笑)
だから昔のロックが良かった、と言いたいのではありません。こういう対比は、王さんとイチローさん、どっちが凄い?にも似て、結論が出る問題ではないので。歴史に「if」はありません。
そんな中で、どんな音質だろうが受ける印象が変わらない音が、私にはあります。それは「声」です。
私は声が好きになったアーティストは、大体ずっと聴き続けています。有名どころだと、デヴィッド・ボウイ、ジム・モリソン、ジョン・ライドン、バーナード・サムナー、七尾旅人、宇多田ヒカル…。
ジョン・レノンさんもその一人です。
私の高校時代に、ジョン・レノンさんは心なきファンによって射殺されました。当時ラジオで、ビートルズやレノンの特番がたくさん組まれて、そのおかげで?ちゃんと、ビートルズを知り、ジョンを聴きました。(それまでは、上っ面だけは知っていましたが)
私にとってジョン・レノンさんの魅力は、その声です。皮肉ですが、もしかしたら殺されてなかった出逢えてなかったかもしれません。
ビートルズ時代の「ヘルプ」「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」「ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー」…、ソロになってからの「インスタント・カーマ」「ホールド・オン」「ホワットエヴァー・ゲット・ユー・スルー・ザ・ナイト」「ウォッチング・ザ・ホィールズ」…。
好きな曲は全て、没後の特番で聴いた後です。
声に善し悪し (あの人のはいい声だね〜とか) を語る人がいますが、私は全然そうは思いません。肝心なのは「その人らしい声」で歌われているかどうか、です。努力して作った伸びやかな高音など、聴きたくもありません。
デヴィッド・ボウイも宇多田ヒカルも、美声だから、ではなく、歌声でその人となりがちゃんと顕になっているから、心が動くのではないのでしょうか。
たしかに今の時代、ボーカルはピッチの調整やコンプレッサー等のエフェクト処理で、よっぽどの音痴でない限りはそれなりに聴けます。
でも、人の心を動かす声は、そんな小細工とは無縁なところで鳴っています。デヴィッド・ボウイさんの音程は、ライヴだけでなくCDでも外しまくっていますが、それが実にいい感じに聴こえます。
そして更に思うに、自分の声はどうなんだろう?と。音程とかの意味ではなく、ちゃんと歌えているのかなあと。
今年はジョン・レノンさん生誕80年、没後40年、だそうです。亡くなった時程では当然ないと思いますが、それなりに盛り上がりそうな気がします。私と同じように、興味のなかった人も、ある日偶然に歌声を聴いて、ちゃんと聴いてみようかと思う人が増えるといいなあと思います。
参考記事:【2018年8月1日】過去の記事から 〜「デヴィッド・ボウイの音源は、なぜ音程が外れているのか?」を考える
↓こちらから読めます。
http://musiclub.link/diary/3311
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