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【2018年11月3日】先日に続いて 〜 日常の風景の中のささやかな非日常

先日、久しぶりに富山県の実家に帰りました。それで朝、金沢に戻る為に家を出て、実家のすぐ近くの、図書館に隣接する公園の横の交差点で信号待ちで止まって、何気に横を見ると、その公園でギターを弾いている人がいました。秋晴れの空の下、紅葉の美しさと相まって実に絵になる光景で、偶然に助手席に置いてあったタブレットで、思わず写メりました。

 

 

いくつもの偶然が重なって撮れた画像です。すっかり気に入ったので保存しました。去年観た映画「ブランカとギター弾き」の、セピア色のワンシーンを思い出しました。演奏スタイルからして、弾いていらっしゃるのはクラシック・ギターっぽいです。先日の天気雨や大きな虹といい、シャッター・チャンスに恵まれているこの数日です。

 

 

私も数年に一度ですが、春か秋のよく晴れた平日の休日に海にギターを持っていって弾いています。ひと気もない海岸でポロポロと爪弾いていると、心の底から解放された気分が味わえます。(潮風はギターによくないので、しょっ中行こうとは思いませんが)

自分の世界にどっぷりと浸かって気持ちよく弾いていたら、一度だけ、見知らぬ人から「ブログに載せたいんで、写真撮っていいですか」と聞かれた事があります。どうぞと快く返事をしたのですが、そのブログのサイトを聞くのを忘れて、結局読んでいません。

 

 

私に声を掛けたその人も、おそらく今日の私のように、いつもの風景の中に見慣れないちょっとだけ異質なものが混じっていて、それが非日常感を感じて、思わずシャッターを切りたくなった、そんな感じだったのではないかと。もしくはこっちに旅行に来ていたとか。話をする間もなく立ち去ってしまったので、本当のところは分かりません。

 

 

私も次の休みの日が、もし晴れて暖かい日だったら、久しぶりに海に行ってギターを弾いてこようかなあ。。

 

 

 

アルバム・ジャケットにも映えそうなシーンです。

 

【2018年10月3日】新曲「銀河鉄道の夜」(仮題)、メロディとリズム・トラック出来ました 〜 今回は反省したことについて

2日前に出来た新曲、仮タイトル「銀河鉄道の夜」は、単にPC内で分類する為に付けただけで、歌詞は一言もありません。

それまではタイトルが決まるまでは、5とか6とかの作った順番の数字が仮タイトルだったのですが、やりかけのを合わせると数十曲に増えてきたので、パッと見でこの曲だ!と分かるようにです。

 

 

私の場合最近は、タイトルが決まったらほぼ歌詞は書けたも同然という感じです。この曲は、おそらくこの仮タイトルに近いイメージになるような気がします。(相変わらず自分のことながら、よく分かりません)

 

 

 

ところで、9月30日に紹介した宅録本「HOME MADE MUSIC」の、本の帯のコピー「今日のパンを焼くように、明日のオンガクを作ろう」は、実にこの本の出版から数十年の時を経て、今そうなりつつあるのではと感じます。

ちなみにその前日に上げた、奥田民生さんのアルバムのyahoo!ニュースの記事のタイトルは「音楽を作るのは面倒で、だからこそ楽しい!』というメッセージアルバムだ」です。

両方とも宅録の本質を上手く表した、絶妙なキャッチ・コピーだと感じますが、全く正反対のことを言っているようにも受け取れます。

 

 

このふたつのコピーを見比べると、微妙な光の調整や、明るさによって選ぶフィルムを変えたり、撮るのに苦労も多いアナログカメラと、調節は全て自動で、取り敢えず撮ればきれいに写る、スマホのデジカメ、との差のようなものを感じます。

 

 

私がソフト制作をする前は、まさに「面倒で、だからこそ楽しい!」状態だったのですが、今は「パンを焼くようにオンガクを作る」状態です。

つまり、私がPCを買った途端に曲が急に量産出来るようになったのも、別に私のスキルが急に上がったからではなく、音楽ソフトが優れていたからに他なりません。ちょっと勘違いしそうになっていました。戒めて深く反省したいと思います。

 

 

簡単に出来るからといっても、それがイコール良い曲という訳ではありません。音質の良さに騙されずに、もう少し考えながら、試行錯誤しながら、丁寧に作るように心掛けたいです。

 

 

 

 

この曲は、表紙のこういうイメージ。

この童話「銀河鉄道の夜」は、読むにつれ、音・映像が想像力によって脳内に無限に広がります。実際に映画化されたり、インスパイアされた表現 (銀河鉄道999など) や楽曲も多く、私はそれらの表現は、無条件に肯定してしまいます。

この本は、ますむらひろしさんによってマンガ化したものです。