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【2019年5月11日】今更ですが。。「ロック」について考えてみました

 

 

「ロックはもう死にかけ?」という、今朝のこの記事を読んで思った事です。

 

 

 

人によって「ロック」の定義が違うので、そういう意味では、聴く人によってロックは終わっていたり、終わっていなかったりします。

この記事を書いた記者は、単純に、ギターやドラムがうるさく響き、ボーカルがシャウトする、そんな音楽の事を「ロック」という言葉で表現していて、たしかにそんな音楽は、日本以外の国では過去の表現スタイルになりつつあるみたいです。間違いなく死にかけています。

 

 

 

実は、私が感じるロックは、音楽スタイルの事ではありません。

「衝動を表現する音楽」「体制や常識に対して疑問を問いかける音楽」「内なる心のモヤモヤを掬う音楽」「テクが凄くてとにかく圧倒的な音楽」…。ロック好きの人の中に、それぞれいろんな「ロック」の定義があって、その内なる定義に従って、「◯◯はロックだよ」「◯◯はロックじゃない」「◯◯はもう終わった」と思ったり、他人と議論したりするんじゃないかなあと。

 

 

私も若い頃、ロック好きの友人とは、そんな話ばかりして盛り上がっていました。

私が思うのは、終わったと感じた人の中では終わっているし、いや、まだまだ凄いロック・ミュージックは一杯ある、と感じている人の中では終わっていない、そんなもんじゃないかなあと。つまり、リスナー次第かなあと。

 

 

 

かつて、エイフェックスツインの電子音にふれた時、エミネムのラップを聴いた時。それからブライアン・フェリーやオザケンのフニャフニャしたラヴ・ソングも。私は「これはロックだ!」と感じて聴いていました。いずれもうるさいギターなんて鳴っていないんですが。つまり、時代と共に音楽スタイルが変わっていっても、表現の質が「ロック」なら、それはロックなんじゃないかと。

 

 

 

それで、私にとってロックとは何だったかと問われると、以前にもちょっと書いたことがありますが、それは「本当の事をうたっている歌」、これに尽きます。

何が本当で何が本当でないか、は、上手く説明出来ませんが。言い方を変えると、内なる真善美に則して表現されている歌 (音楽) という感じかな。難しいですね。

 

 

そんな音楽を、どうして爆音で聴くのかと言うと、大きな音でちっぽけな自我を吹っ飛ばす為です。これは、いつの時代の、どんなスタイルのロックでも必ずそうだと断言出来ます。

なので、先程の定義をより具体的に言えば「ロックとは、とにかく大きな音で聴く音楽」という言い方も出来ますね。

 

 

 

今どきの若い子は、そのような音楽を語る際には、既に「ロック」という言葉を使ってないと思われます。そんな意味では、世間的・音楽ファン的には、やはりロックは終わりつつある音楽なのかもしれません。

私の中でロックはいつ終わるか分かりませんが、そんな事を考えている限りは、聴き続けているんじゃないかと思います。

 

 

【2019年5月9日】「人生の帳尻が合う」について

先日、知人とお酒を呑みました。丁度その知人には「ハッピー・バースデー」をプレゼントする予定で、つい数時間前に上がったその音源CDRを持って出掛けました。

話も弾んで、あっという間に時間が過ぎていきました。いろんな話しをしたので、多過ぎで逆に何を喋ったか憶えてない程です。

 

 

その中で、何かの拍子に「人生って帳尻がちゃんと合うように出来ているよね〜」という話になりました。一夜過ぎた今日となっては、呑みすぎた事もあり、何についてそんな話になったのかちゃんと憶えていないのですが、この言葉だけは頭に残っていました。

 

 

 

最近一番のマイ・ヒットな出来事に「昔捨てたと思ったアナログ盤が見つかった」があります。あまりにうれしくて、ブログ記事に何度も上げている程です。

それで、そんなに大切にしていたアナログ盤を、引越しの際に、親に、引越し先に持っていくかどうするかを聞かれた際、簡単に「全部捨てていいよ」と言った事について、自分なりに掘り下げて考えてみました。

 

 

捨てようと思った理由について、以前の記事に「捨てようと思った理由として、多分その時はレコードなんてもう聴かないだろうと安易に考えていたんだと思います。聴きたくなったら、CDで買い直せばいいやと。…」このように書いていました。

 

 

でも今思うに、そうではないような気もしました。深く考えると、つまり、当時生活の全てだったこれらのレコードを捨て去る事により、その、当時の生活を、バッサリと否定したかった (=サラリーマンとして多忙な現在を肯定したかった) のではないかと。

 

参考記事:朗報!大量のアナログ・レコードが見つかりました! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆」

 

↑ クリックで読めます。

 

 

 

時が過ぎて、気がついたらいつしか、リスナーとして音楽を楽しむ事プラス、音楽を作って楽しむようにもなっていました。

そんな今となって、ハッキリと言えるのは、毎日しがみつくようにレコードばかり聴いていた、当時の闇歴史?があったからこそ、今になって自作がポンポンと出来るようになったのではないか、という事です。つまりは、当時の自分に (いい意味で) 復讐されている訳ですね。

そんな自分自身の事を振り返って、これが「人生の帳尻が合う」という事なのかと思いました。

 

 

今の時代、イジメに遭って引きこもったり、ブラック企業で心労が激しかったり、世の中豊かになったとは言え、生きにくくて大変な人々も、大勢いらっしゃいます。

そんな方々に一言。そんな経験も、後から必ずプラスに働く時がきっと来ますよ。

 

 

何の因果か、最近のyahoo!ニュースで、「冨士眞奈美『人生は帳尻合えばいい』…認知症役を熱演した名女優のポリシー」という記事がアップされていたのも思い出しました。調べたら、5/3の記事でした。合わせて載せておきます。