洋楽」カテゴリーアーカイブ

【2022年11月29日】実家でヒップホップを聴きました

雪道用のスタットレス・タイヤを取りに、実家に帰りました。時間もあったので、レコードを数枚聴いてきました。聴いたレコードは、先日から手掛けている曲「ファンク♯2」繋がりで、ヒップホップ数枚です。

 

 

もちろんそれはヒップホップ黎明期の音源で、グランドマスター・フラッシュやビースティ・ボーイズ、LL・クール・J等です。

私のレコード棚には、この辺まで(‘86〜’87年頃) のが最後で、それ以降のレコードはありませんでした。つまり、それ以降はCDで聴いているという訳です。

 

 

その聴いた数枚、いずれも「スクラッチ」(ターンテーブルを手動でコントロールして摩擦音を出す手法) が多用されています。当時はこのスクラッチ音が、オーケストラ・ヒットと並んで効果音のトレンドだったのを思い出しました。

スクラッチは、当然ながらアナログ・レコードありきの音です。アナログ・レコードが楽器と化した訳です。当時は画期的にカッコよかったスクラッチ、今はすっかり定番の音となって、ポップ・ミュージックやクラブ・ミュージックに馴染んでいます。

 

 

 

聴いたレコード数枚のうち、ビースティ・ボーイズ「ライセンスト・トゥ・イル」(‘86) だけは、懐かしさよりも、30年以上前に聴いた時に興奮したあの感情がそのまま蘇りました。他のとどこが違っているかと言えば、ヒップホップというよりも無茶苦茶ロックっぽかったからではないかと。生々しさが今でも刺さります。

 

 

 

 

 

【2022年11月13日】キース・レヴィン死去

 

 

 

キース・レヴィンさんは、マイ・フェイバリット・バンドの一つ、初期のパブリック・イメージ・リミテッドのギタリストでした。特に「メタル・ボックス」は、当時の表シーン?では全く評価されていませんでしたが、以降のロックの一つのスタイルを示した超名盤です。私にレゲエ/ダブの魅力を教えてくれた1枚でもあります。

 

 

彼は「ロックを否定するロック・ギター弾き」でした。PILは彼が抜けた途端に普通のロック・バンドになってしまいました。ジョン・ライドンさんのイデオロギーを血肉化していたのが、キース・レヴィンさんのギターだったのではないかと。

 

 

それにしても、65歳。もっと年上の方だと思っていましたが、私とたったの7つ違いでした。私がPILを聴いていた16歳の頃、キースさんは23歳 (!) だったという事です。

上記Yahoo!ニュースでコメントしている方同様「メタル・ボックス」を聴きながら追悼します。