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【2019年1月22日】先日の続き 〜 知人宅訪問と「棋士と哲学者」を読了して ーー「神話」(幻想) を考える

先日上げた本「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」、第4章でキーワードとして頻出する言葉が「神話」です。この本の対話では、宗教、恋愛、共同体、等々、個人の意思を超えて降りかかってくる事象を端的に表した言葉として用いられていると感じました。別の言葉で言うと「幻想」でしょうか。

 

 

 

本日、知人宅にお邪魔して数時間お話をしてきました。その中で「家族」の話になりました。

会えば時々されるその方の家族の話に、私の生まれ育った家庭と随分違うんだなあと、いつも思います。ちょっとしたカルチャー・ショックを受けます。誰かが言ってそうですが、100の家族があれば、それは100の異なった共同体があるという事、まさにそんな気がします。

それでその話の中で「ずっと家族に依存していた」という言葉を聞いて、ハッとしました。思えば、私もそうだったかもしれません。依存していたからこそ、時には関係に苦しんだり悩んだりするのではないかと。

 

 

家族に限らず、今の時代は、宗教・結婚・性・国家…、いろんな「神話」のベールが剥がされてきています。逆に言うと、自分の弱さを、エゴを、受け止めてくれる・寄り添うべきブラック・ボックスがない、ドライな「情報」だけがはびこっている、そんな時代。現代は依存を許さない時代です。

 

 

離婚率が毎年アップしているのは「結婚神話」「家族神話」(=幻想) が終わりかけているからでしょう。ブラック企業問題が多い、は、「仕事神話」しいては「会社神話」「終身雇用神話」(=幻想) が終わりかけているからでしょう。

 

 

昔から仲の悪い夫婦などいくらでもいましたし、今で言うブラック企業など、30年前にも普通にありました。

ブラック企業に関して言えば、そこで働いている人は誰もが「それは当たり前の事」と、会社を疑う事すらしなかった (出来なかった) だけです。今は疑う人が増えてきたから問題になっているだけです。その他、事例は上げれば結構出てきます。

 

 

 

でも人は寄り添うものがなにもなしで生きていける程、強くないというか、未熟で、か弱い生命体です。寄り添いたいけど本当にこれ (宗教・結婚・家族・会社…) に全身で寄り添っていいんだろうか?そのせめぎ合いが、現代に生きる私たちの不幸ではないかと思います。

 

 

情報しか頼るものがなかったら、インスタで「イイね」が何件あったとか、結局そんな「情報」に神経が入ってしまいます。私だったら、ブログが何人に閲覧されたか、CDが何枚売れたか、等。

当たり前の話、そんな事よりも、表現の質や、自身の本当にやりたい事が出来たのか、そちらの方が重要なのですが。

 

 

 

「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」を読んで、知人と話をして、今の私がこの世の中を息苦しく感じる原因が、少しだけ分かった気がしました。原因は、そう感じる自分の中にあるという事です。

 

 

 

【2019年1月21日】「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」読んでます

今日は朝から雪が降り続く読書日和。先日購入した本を読んでいます。

 

 

 

「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」は、哲学者である戸谷洋志さんと将棋のトップ棋士の一人である糸谷哲郎さんの、昨年末に出版された対話本。出版社の紹介文の冒頭には「これは哲学者と棋士という異色顔合わせによる哲学的対話の記録です。」と記されています。

 

 

哲学者と棋士の対話と言えば、異種格闘技的な内容を想像してしまいますが、この本はそうではありません。第1章「勝負論」第2章「「AIとどう向き合うか」は、それなりに各々の職業フィールドに基づいた対話ですが、第3章「哲学と社会の関係」第4章「僕らの幸福とは」は、完全に二人の哲学者の哲学についての対話と化しています。

 

 

それもそのはずで、棋士の糸谷さんは、棋士業の傍ら阪大で哲学・思想文化学を研究、大学院まで進み修士学位を取得しているツワモノです。とてもユニークな将棋を指される方です (そのユニークさは、残念ながら棋士の解説がないと私には分かりませんが)。このお二方は阪大の大学院で同じ研究室に所属していたとの事です。

 

 

どこから読み始めても面白い本で、私は第1章、2章をパラパラと飛ばし読みして、第3章から読み始めています。第3章の最初からハイデガー哲学についての言及をお二方ともされています。

 

 

「最初は『生と死』というテーマを扱っているところに興味を持ったんです。でも、実際に読み始めてみると全然違った。『人間はどう生きているか』ということを話しているのが非常に面白かったんです。…」(糸谷)

 

「…人間の日常の世界は何もかもが当たり前になっていて、意識しなくても行動できる。ところが人間は「死の不安」に直面した時、こうした世界の自明性が崩れていくとハイデガーは言っているんです。その時初めて、人間は自分本来の生き方ができるようになると。すごくざっくり言うと、そういう思想です。…」(戸谷)

 

 

若い頃ハイデガーを読もうとして挫折をした私には、この語り口はとても分かりやすくて呑み込めました。まだ読了していませんが、何度も手に取る本になりそうです。