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【2019年7月3日】ウォークマンは革命でした 〜 音楽が日常風景を変えた時

 

 

今朝の記事から。

 

 

ウォークマンは、若い頃の私のミュージック・ライフに、なくてはならないモノでした。初めて買ったのは大学生の時です。それから聴き潰し壊れる度に何度も買っていました。

初めて使った時、これは画期的なキカイだ!と感じました。何しろ、部屋でヘッドフォンで聴いている感覚が、そのまま外の世界でも体験出来たのです。外出時の必需品でした。

 

 

音楽が風景のBGMとして聴こえるというよりも、その逆で、音楽のリアルさで、日常の退屈な風景が色褪せて見える ーー そんな感覚に陥るのが好きでした。

 

 

 

世間的には、流行っていた当時はマイナス面の方が取り沙汰されていて、TVのニュースや新聞などで大人たちが「閉じていく若者たち」的なテーマで批判していました。何となく、今のご時世のスマホ批判みたいですね。(笑)

 

 

重要なのは、当時の私にとってウォークマンは、娯楽品ではなくて必需品だったという事です。そしてそれは私だけではなくて、愛用していた殆どの人たちにとって、そうであったのではないかという事です。

 

 

 

40代のある時期、私は「うっかり失効」(免許証更新し忘れ) で免停になって、車を運転出来ない時期がありました。仕事や所用には、徒歩もしくはバスや電車を利用しました。

若い頃を思い出して、「スマホで音楽聴きながら電車に乗ったら楽しそうだな〜」と、その時は思ったのですが、実際にやってみると、そんなに楽しくはありませんでした。(笑)

 

 

いざバスや電車に乗ると ーー スマホのゲーム?に夢中の学生さん、外をぼーっと眺めているOLさん、子どもに手を焼いている主婦の方、部活の話をしている中学生、若い頃の私のように、目を閉じて俯いてイアフォンで音楽に耳を傾けている若い女の子…。世の中にはいろんな人がいるものだなあと。

スマホで音楽を聴いてるよりも、人間ウォッチングをしている方がよっぽど面白いなあと感じました。

 

 

単純に、自分も大人になったんだなあと、その時思ったものです。

 

【2019年6月22日】組織が人をおかしくさせるのでは? 〜 最近の事件に思う

最近ニュースを観てると、事件というか、イザコザというか、そういうのは大体が、国家・会社・学校、そして家族の間で起きているのが、とても多いような気がします。つまり、組織が人をおかしくさせる (孤立させる・凶暴化させる…) のではないかと。(昔からかもしれませんが、私は最近気付きました。)

幼児虐待、イジメ、過労死、テロ…、いずれも、組織の「閉じた世界」での出来事です。

 

 

人間は組織の中で役割を背負わされると、もう一つの人格がフツフツと生まれるような気がします。そしてそれは決してプラスに感じられる人格ではありません。

私がロック・ミュージシャンや将棋の棋士が好きなのは、皆さんそれぞれ「個人」の顔であって、「組織人」の顔をしていないからだと思います。

 

 

組織に依存すると、余計な事 (実は大事な事) を考えずに生きていけます。それはある意味で楽な生き方でもあります。

だけども逆に言えば、組織内で余計な事を考えてしまったら、途端にその場所が窮屈に思えてくる、居心地が悪くなるという事でもあります。

 

個人である事の重要性は、今の時代最も重要な事ではないかと思うのですが。組織人として生きる前に、個人をちゃんと確立しなければいけないのでは。と私は考えるのですが。

私が日々音楽を演っているのも、日々ともすれば見失いがちになりそうな「私という個人」を、しっかりと感じる為ではないかと、ちょっと大げさですが、そう思います。

 

 

 

30年以上前に、当時アメリカで増えていた幼児虐待を歌った、スザンヌ・ベガさんの大ヒット曲「ルカ」(‘87年) のPVから。

虐待はダメだとかは一切言ってなくて、虐待される子ども目線で歌っています。今の日本人に聴いてほしい歌です。

 

 

長い歌詞の、ごく一部。

 

 

ただ、一人になってみたいかな

そしたら何も壊されることもないし

何も投げつけられることもないだろうからね

 

僕に「大丈夫?」なんて聞かないでね

「どうしてる?」なんて聞かないで

お願いだから

 

 

訳詞:ブログ「Lady Satin’s English Project」より引用