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【2018年6月18日】地震がありました

 

 

先日も群馬県で震度5レベルの地震がありましたが、そんな矢先に今朝のニュースです。災害がなければいいのですが。

 

 

ところで先ほどの地震発生のほんの少し前、朝食を摂りコーヒーを飲んでボーッとしていた時ですが、僅かに揺れたような気がしました。何気に目の前に置いてあったコーヒーに目を向けましたが、波ひとつたっていません。気のせいかなと思ったら、その数十秒後に部屋が揺れました。
慌ててタブレットを見ると、地震情報が表示されていて、私の住む石川県加賀地方は震度2の弱震でした。

 

 

私が地震の揺れを感じたのは実は滅多にないことで、大体が睡眠中や仕事中に地震が発生しています。
かの東日本大地震の余震の際、たしか北陸地方は震度2程度に、しかもしばらくの間揺れていた筈なのですが、仕事中の私は、軽い目眩がするな思いながら、普通に働いていました。スタッフの一人が同じ時間に「目眩がするので少し休んでいいですか」と申し出てきてました。私と同じく、身体は地震を感じていたけど仕事脳になっていた為、分からなかったのでしょう。

 

 

そう考えると、鳥や犬など、動物は実に敏感です。
私が今日の地震を数秒前に感じたのは、おそらく心身ともにリラックスしている状態だからだったのでしょう。いろいろな雑念やストレスが頭を支配していると、地震すら感じなくなるんですね。
こういう感覚は、なるべくなら失わずに持っていたいなと思いますが、まあなかなか。。。

【2018年6月16日】感動がもたらすものとは

このところのソフトでの楽曲制作で、日々発見&感動の毎日が続いています。ふと思いましたが、この「感動する」というのは、人にとって何をもたらす現象なのでしょうか。気になって、「感動がもたらすもの」でWEBサイトを検索してみました。

 

 

私同様に「感動」について考えている方は実にたくさんいらっしゃって、ちょっと驚きました。面白いサイトが多く、久しぶりにネットサーフィンしてしまいました。(これも小さな感動!)
取りあえずは、腑に落ちた言葉をいくつかピックアップします。時間を置いてもう少し掘り下げて考えたいと思います。

 

 

 
「感動の意義は、生に対して肯定的な情動が経験される頻度や強度によって表され、そのベクトル方向は幸福感の充足にある。いいかえれば、生活全般の満足感、あるいは、個人がみずからの「生」全体をどのくらい肯定的で好ましいものであるかが納得できるかにある。」(感動創造研究所)

 

 
「心の場所は胸ではなく、脳にあるので、
心が洗われるという事は脳が洗われるという事かもしれません。
そのように感じていると、ある研究者が、
感動の涙には脳を癒し回復する機能があると発表をおこなっていました。


感動をより多く行っている方は、脳が活性化しやすく、
感動から遠ざかっている方は、脳が疲労し、
大脳新皮質の活動が低下している状況にあるという事らしいです。」(中村健)

 

 
「感動することをやめた人は、生きていないのと同じことである」(アインシュタイン)

 

 

 
そしてこんな言葉も。

 

 

「感動はするもんじゃなくて、強制するもんだ」(泉谷しげる)

 

 

 

これ見よがしな感動の押売りのドラマや音楽や小説などへの批判かと思われます。泉谷さんらしいですね。
感動は能動的に得たいものです。