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【2019年1月23日】七尾旅人「STRAY DOGS」聴きました

一週間程前に、近くのファミマで七尾旅人さんの新曲「きみはうつくしい」がかかって、ニュー・アルバムの紹介がされていました。インディーズのアーティストがファミマで紹介されてる事に、ちょっとビックリ。アルバムは昨年末にリリースされていました。先日のオフ日に、久しぶりにタワレコに行って購入してきました。

 

 

インターネットは、こちらから求める情報に関してはいくらでも深く掘れるのですが、求めないと全く教えてくれません。私もそんなネット病に罹りつつあるようです。気をつけねば。。(だから情報メディアに関しては、yahoo!ニュースやデジタル新聞よりも、今はまだペーパー新聞の方が健全で優秀だと思えます)

 

 

それでこのアルバム「STRAY DOGS」、実に聴きやすいアルバムです。ファンでない人が聴いても普通に聴けます。(ファミマでかかっている位なので)

前の音楽アルバム「リトルメロディ」も、七尾さんのアルバムとしては、メロディアスで聴き心地がよかったのですが、今回のは更にポップな音です。

 

 

 

このアルバムは、自身のデビュー20周年を意識して制作されたようです。デビュー・アルバム「雨に撃たえば…! disc 2」から、もう20年も経っているんですね。

そのデビュー・アルバムは、メジャーのレコード会社からリリースされたとはとても思えないカオスなアルバムでしたが、私はこの頃、この人と中村一義さんと神森徹也さん (まだ活動してるのかな?) を合わせて「宅録三羽ガラス」と勝手に命名して愛聴していました。三人とも年若くして一人で音を制作してのデビューです。それぞれが超個性的な音楽性でした。

 

 

この三人の中でも、七尾旅人さんの音楽性は一番混沌としていたのですが、アルバムを時系列に沿って聴いていくと、その混沌とした音楽性が時が経つにつれて段々とポップに開けていくのがよく分かります。決してシーンに迎合しているという訳ではありません。相変わらず濃いままですが。

 

 

変な例えですが、誕生時、マグマとかがドロドロとして混沌とした状態だった地球が、長い時を経て海と陸地に分かれて、原始生物が誕生して、植物や動物が生まれて、やがて命に満ち溢れた緑の惑星に成長する、そんな過程と似ているなあと。

今作はまだ数回しか聴いていないのですが、そんな事を感じました。それは、音楽的成熟、とは意味合いがちょっと違います。七尾旅人さんを聴き続けてきた人なら、この感じ、分かると思いますが、いかがなものでしょうか。

 

 

5曲目に「DAVID BOWIE ON THE MOON」。デヴィッド・ボウイさんの亡くなった日に作った曲との事です。この曲を聴いて、更に七尾さんの音楽が好きになりました。

 

 

 

しばらくは毎日聴き続けそうです。

 

 

 

 

本人からのメッセージ付きです。

 

【2019年1月22日】先日の続き 〜 知人宅訪問と「棋士と哲学者」を読了して ーー「神話」(幻想) を考える

先日上げた本「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」、第4章でキーワードとして頻出する言葉が「神話」です。この本の対話では、宗教、恋愛、共同体、等々、個人の意思を超えて降りかかってくる事象を端的に表した言葉として用いられていると感じました。別の言葉で言うと「幻想」でしょうか。

 

 

 

本日、知人宅にお邪魔して数時間お話をしてきました。その中で「家族」の話になりました。

会えば時々されるその方の家族の話に、私の生まれ育った家庭と随分違うんだなあと、いつも思います。ちょっとしたカルチャー・ショックを受けます。誰かが言ってそうですが、100の家族があれば、それは100の異なった共同体があるという事、まさにそんな気がします。

それでその話の中で「ずっと家族に依存していた」という言葉を聞いて、ハッとしました。思えば、私もそうだったかもしれません。依存していたからこそ、時には関係に苦しんだり悩んだりするのではないかと。

 

 

家族に限らず、今の時代は、宗教・結婚・性・国家…、いろんな「神話」のベールが剥がされてきています。逆に言うと、自分の弱さを、エゴを、受け止めてくれる・寄り添うべきブラック・ボックスがない、ドライな「情報」だけがはびこっている、そんな時代。現代は依存を許さない時代です。

 

 

離婚率が毎年アップしているのは「結婚神話」「家族神話」(=幻想) が終わりかけているからでしょう。ブラック企業問題が多い、は、「仕事神話」しいては「会社神話」「終身雇用神話」(=幻想) が終わりかけているからでしょう。

 

 

昔から仲の悪い夫婦などいくらでもいましたし、今で言うブラック企業など、30年前にも普通にありました。

ブラック企業に関して言えば、そこで働いている人は誰もが「それは当たり前の事」と、会社を疑う事すらしなかった (出来なかった) だけです。今は疑う人が増えてきたから問題になっているだけです。その他、事例は上げれば結構出てきます。

 

 

 

でも人は寄り添うものがなにもなしで生きていける程、強くないというか、未熟で、か弱い生命体です。寄り添いたいけど本当にこれ (宗教・結婚・家族・会社…) に全身で寄り添っていいんだろうか?そのせめぎ合いが、現代に生きる私たちの不幸ではないかと思います。

 

 

情報しか頼るものがなかったら、インスタで「イイね」が何件あったとか、結局そんな「情報」に神経が入ってしまいます。私だったら、ブログが何人に閲覧されたか、CDが何枚売れたか、等。

当たり前の話、そんな事よりも、表現の質や、自身の本当にやりたい事が出来たのか、そちらの方が重要なのですが。

 

 

 

「僕らの哲学的対話 棋士と哲学者」を読んで、知人と話をして、今の私がこの世の中を息苦しく感じる原因が、少しだけ分かった気がしました。原因は、そう感じる自分の中にあるという事です。