【2020年4月3日】「レクイエム」(仮題) 生まれました

先日、妹から叔母さんが亡くなったとラインが入りました。既に90歳を超えている方でした。子どもの頃よく遊んでもらった記憶があります。

 

 

 

40歳を越えた辺りから、親族はもちろん、交友関係者にも、死去される方が急に増えました。考えるまでもなく、当たり前の話です。皆平等に時の船に乗って航海しているので、普通は先に出発した方は先にゴールに到着します。

昔は考えた事もなかった自分の死というものが、他人の死に遭う事によって、近い将来、必ず自分にも訪れる事だというのを実感しています。

 

 

 

そんな事をぼんやりと思いながら、一曲作りました。

歌詞がまだないのですが、曲想やメロディはほぼ固まっています。GM7−A7−D7 の不安定な進行が延々と続くシンプルな曲です。

 

 

曲を作る行為は、日々一歩一歩死に近づいていく自分への、ささやかな反抗なのではないかと思います。自分の魂を、肉体という船が沈没する前に外に開放する、そんな行為のようです。

出来るだけたくさん開放させてあげたいなあと (無意識にも) 思い、日々曲作りに精を出しているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

最近撮った画像から。花の命も人の命も、過ぎてしまえば一瞬ですね。

 

 

 

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【2020年4月1日】戸川純「玉姫様」をアナログ盤で聴く 〜 恋愛の本質を歌う「諦念プシガンガ」が聴けました

レコード・プレーヤーを購入して、絶対に聴きたかったレコードが、戸川純「玉姫様」(‘84年)。

更に言えば、このアルバムの中の一曲「諦念プシガンガ」。

 

 

 

わりと最近、知人や島村楽器のTさんとの会話で戸川純さんが話題になって、レコード・プレーヤー買ったら、このアルバムをすぐに聴こうと決めていました。

 

 

戸川純さんは、’80年代初めに活躍した女優&歌手。当時のサブカルチャー好きに圧倒的な人気がありました。表現の仕事しか出来ないオーラを纏っている人です。

最近だと、女優のノンさんに同じようなオーラを感じます。(ノンさんは一般的には健康的なイメージですが、かなり危ない人だと感じます)

私はへそ曲がりなので、「笑っていいとも」に戸川純さんが出演した時は「戸川純も終わったな」と、勝手に終わらせていましたが (笑)。(←アホなファンの典型例)

 

 

 

「諦念プシガンガ」は、ファースト・ソロ・アルバム「玉姫様」の2曲目に入っています。

1曲目が「怒涛の恋愛」。歌詞を読めば、この2曲は繋がっている事が分かります。いや、読まなくて聴くだけで、「怒涛の恋愛」は序曲で、本編が「諦念プシガンガ」という、戸川純さんの意図が分かります。

アルバムのトップのこの2曲は、リスナーに絶対に聴いてもらいたかったのではないでしょうか。

 

 

と書いていますが、実は私はこのアルバム、当時は、ハルメンズのカヴァー「昆虫群」「隣の印度人」、あと「蛹化の女」を好んで聴いていました。でも今になって思い出すのは「諦念プシガンガ」です。不思議ですね。。

 

 

 

この2曲は「恋愛の本質」を歌った歌です。巷に溢れる恋愛ソングとは一線を画しています。

何故なら「恋愛を楽しんでいる (苦しんでいる) の歌」ではなく、ずばり「恋愛そのもの」を歌っているからです。

 

 

その人の声を聞くだけで 失神しそうな怒涛の恋愛」(「怒涛の恋愛」)

 

「牛のように豚のように殺してもいい 我一塊の肉塊なり」(諦念プシガンガ)

 

 

たった一度でもいいので、人を大好きになった (=恋に落ちた) 事のある人なら、恋愛は、天災や、今だとコロナ・ウイルスのように、自分の意思では制御不可能なモンスターのようなものだという事が、身に染みて感じたと思います。

 

 

逆に言えば、制御出来るような恋愛は、まあ大して好きなんじゃないのではと、恋愛経験の少ない私でもそう感じます。人類はそんな自分でも訳の分からない力 (それを本能と呼ぶ) が宿る事によって、子孫が生まれ、今まで生き延びてきたのでしょう。

 

 

 

数十年ぶりに聴いたこの曲は、元々アンデス民謡に歌詞を付けただけあって、全く古びてなく (というか最初から時代の音ではなかったので)、ごく普通に聴けました。

前回記事にも書きましたが (笑)、ああ、生きててよかったなあと、しみじみ思いました。

 

 

 

 

 

 

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