今朝起きてYahoo!ニュースを観て訃報にふれ、身体中の力がガクッと抜けました。闘病中との情報は知っていましたが、それでもショックです。
渋谷陽一さんは、ロッキング・オン社の会長、音楽評論家、フェスのプロデューサー、DJ…いろんな仕事をこなされていましたが、私が特に影響を受けたのは、中学生〜大学生ぐらいまで聴いていた、NHKFM「サウンドストリート」のDJです。
インターネットの普及していない当時、地方の片田舎に住む私は、ラジオでしか新しいロックに触れる事が出来ず、情報も同じくラジオ及び音楽雑誌でしか得る事が出来ませんでした。
当時の私は、DJ渋谷さんの「サウンドストリート」で鳴らされた曲は欠かさずエアチェックして、曲によってはそれこそテープが擦り切れる程聴いていました。
他のラジオ番組ではオンエアされる事のなかった、PIL、ザ・ポップ・グループ、ギャング・オブ・フォー、当時の日本ではリリースされなかったジョイ・ディヴィジョン…等のニュー・ウェイヴ・バンドや、ボブ・マーリー、スティール・パルス等のレゲエは、全て渋谷さんから教えて頂きました。当時の私にとって、渋谷さんはロックの先生的な存在でした。
今の私が日々曲作りに精を出しているのも、少なからず、少年時代のそんな日々があったからだと今思います。
雑誌「ロッキング・オン」を購読し始めたのも、同じ頃です。「ロキノン」と呼ばれ始める、数10年も前です。
当時のロッキング・オンは書かれている原稿の殆どが読者投稿で、中には私とあまり歳の違わない高校生の読者の文章も載っていて、そんなところに衝撃を受けました。ロックはオーディエンスが主役である、という理念?からの発想です。もちろん当時の私は文章など全く書けず、只読んでいるだけでした。
50歳を過ぎてからブログを書き始めた私は、ある日思い立って、ルー・リードについて書いたブログ文章を推敲してロッキング・オン社に送ったところ、ロッキング・オンのWEBサイトに掲載された事があります。
その時先ず思ったのは「この原稿、渋谷さんに読まれたかなあ?」でした。私が渋谷さんに一番近づいたのはこの時かなあと。何も表現出来なかった少年時代への復讐を一つ終える事が出来た、そんな感慨を抱きました。いい思い出です。
Yahoo!ニュースで訃報を幾つも追っていたら、おそらく私と同じぐらい〜歳上の方々のコメントを多数目にしました。ツラツラ書き連ねた上記のような、それぞれのごく個人的な思い出話です。それらのコメントを目にして、不覚にも何度も涙が滲みました。
渋谷さんの訃報では何ともなかったのですが、お悔やみコメントで涙が滲むーーオーディエンス (読者) が主役の、かつてのロッキング・オンっぽいなあと、今書いていて思います。
今痛感するのは、私は中学生の頃ロックに出逢った事で、価値観や美意識、人を見る目や生活スタイルまで決定づけられてしまった、と言う事実です。そして訃報のコメントを読みながら、私と同じような人生を送って歳を重ねた方々が、全国に少なからずいらっしゃるという事実です。
渋谷さんはそんな私たち「ロック集団」の日本代表トップランナーとして皆んなを先導して、その生を全うしたのでは、そう思います。
お疲れさまでした。そして、どうもありがとうございました。あらためて、謹んでお悔やみ申し上げます。

