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【2020年3月27日】インターネットの使いどき 〜 「ネットリテラシー」が問われる時

 

 

 

プライヴェートも、職場も、(観ないので、多分) TVも、そしてネットも、コロナ・ウイルス一色のこの頃です。

私もこのところ数回、コロナ・ウイルスについて語りましたが、いつもはほぼノー・リアクションな場末のこのブログにさえも、ご意見する方々が極々少数ですが、いらっしゃいます。

読んで考えるところが多くあります。本当にありがとうございました。

 

 

 

コロナ・ウイルスに対しての考え方や行動は千差万別で、そこには人それぞれの本性が顕れている気がします。私はといえば、自分が罹ったらしょうがないけど、他人には迷惑をかけたくないなーというところです。

 

 

 

 

 

あちこちで外出規制がかかっているので、今後必然的に、リアルなコミュニケーションが減って、インターネットの利用が増えていくことが予想されます。実際、私もそうです。

人はコミュニケーションの生き物なので、どんな状態になっても他者と繋がっていたいんだと思います。というか、非常事態にこそ。

 

 

ネットのコミュニケーションの場合、ストレスの元になるのは、自分自身の発信する言葉 (や、私の場合、音楽) です。これに関しては「発信したあと後悔しないか」が、重要なポイントになります。

というのは、当然ながら発信したらその内容が半永久に残るからです。これは諸刃の剣です。

 

 

日常会話のように、発信した内容が残らないネット・メディアがあれば、気軽に使えていいと思うんですが、誰か作ってくれないかな。。例えば、開いて読んだら、保存もスクショも出来ずに3分経ったら消去されてしまうとか。

 

 

 

という訳で、リアルなコミュニケーションと違い、ネットでのコミュニケーションは、内容もともかく、伝える・分かるための「ネットリテラシー」が重要になってきます。「目は口ほどに物を言う」が通用しません。言葉 (と絵文字) が全てです。

 

 

 

インターネットは誰もが使えるメディアですが、誤解なく、残っても後悔しないように?そしてフェイク情報を看破する為に、本当のことを伝えるために、、

ちゃんと伝わるように、ちゃんと理解出来るように、勉強 (大袈裟 笑) をしないといけないなあと。この騒ぎをきっかけに、今後、ますますそんな社会 (ヴァーチャル・コミュニケーションが重要になってくる) になっていきそうです。

 

 

 

 

気のせいか?、コロナ騒ぎから、私のブログやサウンドクラウドへのアクセスが増えたような気がします。ブログや楽曲の質ではなく、単にネット利用者が増えたからではないかと思い、本文を書きました。

そんな私の楽曲は、こちらから聴けます。↓

 

 

 

 

 

【2020年3月26日】「レッド・ツェッペリン」(仮題) トラック出来上がってきました! 〜 レッド・ツェッペリン聴き返しています

という訳で、完成に近づいてきました。時々ですが、こういうすぐに出来上がる曲があります。この曲は楽器音が少ないのですが、サンプリング音で作ったドラムのループがちゃんと鳴っているのでOKです。聴き返して、あらためてジョン・ボーナムさんの偉大さを感じました。

 

 

ラスト・アルバム「コーダ」からも、ドラムのフレーズをサンプリングしました。

オマージュとして、途中で「カシミール」(レッド・ツェッペリンの代表曲) 風、中近東っぽいメロディを挿入しました。

 

 

 

この曲を作り始めて、レッド・ツェッペリンを聴き返しているのですが、私の好きなツェッペリン曲は、ほとんどがドラムのビート、リズム・パターンを活かしたアレンジがなされている事に気付きました。

 

 

 

アレンジャーは、ギタリストでありプロデューサーであるジミー・ペイジさん (かな?)。今聴くと、当時のほかのハード・ロック・バンド曲のアレンジと、根本的にサウンドの組み立て方が違います。

ドラムのグルーヴを際立たせるアレンジとギター・リフで、多くのヒップホップと曲の構造が似ています。(似てるというより、こちらが先)

 

 

 

ラスト・アルバム「コーダ」に、「ボンゾズ・モントルー」という曲があります。ボンゾのドラム・ソロに、ジミー・ペイジがエレクトリックなトリートメントを施しただけの、言わば、ボンゾへの追悼曲です。「コーダ」は、ドラマーのボンゾが急死、なし崩し的に解散してしまった後にリリースされたアルバムです。

 

 

当時、FM番組「サウンド・ストリート」で、ロッキング・オンの渋谷陽一さんが「…代わりに誰かドラマーを入れて (ツェッペリンを) 続ければいいんじゃないかなと思っていましたが、違うんですね〜…」というような事を仰っていたと記憶しています。

 

 

この曲を聴くと、私の好きな多くのツェッペリンの楽曲のエンジンはボンゾのドラムで、そのエンジンをフル稼働させるために、その他楽器のアレンジがなされていたことが分かります。この曲は、ボディを取っ払って、そのエンジンだけが剥き出しになったような曲です。

先ず、ビートありき。だからその音は、今どきの音楽と並べても全然古く聴こえないんでしょう。

 

 

 

今更ながら、ツェッペリンの偉大さを感じつつ、自曲制作しています。

 

 

 

 

 

大大好きな「ザ・ワントン・ソング」が入っている、「フィジカル・グラフィティー」。

この紙ジャケ・リマスター・シリーズは、音がとってもよく、聴き心地最高にいいです。