【2021年2月25日】「たった一つの言葉を探して」歌入れ直しました 〜 ヒップホップやブレイクビーツとロックとの差異についてあれこれ

先日たまたま当ブログに上げた、2年前の曲「たった一つの言葉を探して」の歌詞。上げてから、今なら上手くいくかもしれないと思い、思い立って再レコーディングをやり始めました。取り敢えず今朝ボーカルを録り直しました。

 

 

この曲は私が初めて作ったブレイクビーツの楽曲です。初めて作ったので、当然思い入れはあるのですが、歌や音作りのスキルが足りず今ひとつだったので、アルバムには入れることが出来ませんでした。今ならもっと上手く出来るかなと。

 

 

 

 

それで、今回は「ブレイクビーツ」について。

ブレイクビーツやヒップホップとロックとの大きな違いが、実は (と勿体ぶる程ではありませんが) サウンド以外にあります。

それは「言葉」です。

 

 

 

不思議なんですが、ブレイクビーツやヒップホップのトラックを前にすると、何故か「自分」を語りたくなります。ロックのビートは、現実の否定、そして絵空事や理想を語りたくなります。

世の中そういう表現が多いので、それは決して私だけではないのではと感じます。 (いや、もちろんそうでない表現も多いんですが)

 

 

「たった一つの言葉を探して」。この曲はトラック先ですが、出来たトラックを聴いていて、若い頃に初めて外タレのライブに行った時のことを思い出して歌詞を書きました。つまり「自分語り」です。自然と、そういう歌になりました。

 

 

 

ロックのメロディはどんどん展開していきます。ブレイクビーツは、メロディも音も基本「あるパターンのくりかえし」です。この辺に、上記の差異の秘密 (というほどのことでもないんですが) が隠されているのではないかと。

 

 

この辺、もっと深く分析すれば面白いのですが、ちょっと酔いがまわってきたのでこの辺で (笑)。

 

 

 

 

 

 

「たった一つの〜」歌詞のネタで、最も「ロック的」なロッカーの一人、ジョン・ライドンさん。

 

 

【2021年2月24日】文化は継承される 〜 洋楽ライブ復活の日を待ちます

 

 

 

私が初めて観た外タレのライブは、19歳、中野サンプラザでのパブリック・イメージ・リミテッド (PIL) です。

当時のPILは、いわゆる新しい音好きのロック・ファンの間では神格化された人気を誇っていました。しかし、主力メンバーが相次いで抜けて、オリジナル・メンバーはジョン・ライドン一人。この来日公演もバックはスタジオ・ミュージシャンの演奏で、公演後のメディアやファンの反応はかなり厳しい、そんなライブでしたが、私は大満足したのを憶えています。

 

 

今の日本人のミュージシャンで、洋楽体験のない方は先ずいらっしゃらないのではないかと思えるぐらいに、洋楽は日本人に浸透してきました。きました、と過去形なのは、ここ十数年でリアルタイムの洋楽を聴くリスナーが、大きく減っているからです。そして昨今のコロナ禍が、そんな状況に追いうちをかけています。

 

 

音楽に限らず文化は、異世界のものが混じり合いながら、折衷して、進化していく、そんな過程でここまできています。人の身体だって、その種族に新しい血が入らないと、免疫力が低下していきやがて滅んでしまいます。(なので世界各国に共通して、婚姻制度や近親相姦タブーが存在するらしい)

人の心も、そして音楽も、混ざらないと身体同様に滅んでしまうのではないかと。(というか、音楽=人の心)

 

 

そんな意味もあって、コロナ禍で洋楽鎖国状態が続くと、そのうち人々が奏でる音楽や聴かれる音楽が大きく変わっていくような気がします。良い意味で変わればいいのですが、自閉して小さくまとまってしまうーーそんな危惧を感じます。

 

 

幸いなことに、音楽は時空を超えて私たちに届きます。生身の身体での演奏に触れられなくても、CD、レコード、インターネット等で、いくらでも触れることが出来ます。

 

 

 

それでもーーやっぱり生演奏・生歌唱は最高です。

冒頭のPILのライブ、当時もしコロナ禍で公演中止で行けなかったとしたら。その後来日した、バウハウスやニュー・オーダーのライブも行ってなかったとしたら。

自分自身の今後の人生は、少なからず変わっていたのではないか、と想像します。

 

 

 

外タレのライブを体験出来る日々が、一日も早く来ることを祈ってーー。

(以前と同じ形で、は、もう無理な気が。まあそれも「進化」と捉えないと)

 

 

 

 

 

そのPILライブを思い出しつつ、2年程前に書いた「たったひとつの言葉を探して」。

残念ながら発表するには至っていませんが。