【2019年3月3日】AYUO「OUTSIDE SOCIETY あるサイケデリック・ボーイの音楽遍歴」購入しました

 

 

 

AYUOさんの本名は高橋鮎生。父は著名な現代音楽家のピアニストの高橋悠治さん。こう言われると、本人はいい迷惑だと思いますが (私の親父は無名の人で、ホントによかったです)。

本人もミュージシャンで作曲家ですが、ピアニストではなく、ギタリスト、ボーカリストです。高校生の頃に聞いていた坂本龍一さんDJの「サウンドストリート」で、その存在を知りました。

それで、仕事帰りに立ち寄った本屋で見つけたこの本、手にとってパラパラと読んでみると、私のブログにも取り上げている多くのミュージシャンたちが、私とは全く違う目線で語られていました。じっくりと読みたいと思い購入しました。

 

 

AYUOさんは、’60年生まれ。私と4つ違いです。この本は自伝のような語り口ですが、普通にエッセイとして、どこから読んでも普通に読めます。

チラ読み程度なんですが、AYUOさんは親がアーティストなこともあり、子どもの頃から実に刺激的な生活を送ってきています。こういう人生を送る人もいるんだなあと。あまりにも、私と歩んだ道が違います。共通点は、少年の頃からロックに馴染んでいたというところのみです。

 

 

ところが読むにつれ、それが別段特別な人生というふうには感じませんでした。思えば、AYUOさんどころか、私の仕事仲間・音楽友だち・親族…、誰一人として、自分と似たような人生を送ってきた人はいませんし、私に限らず誰もがそれぞれ、その人独自の人生を歩んできている訳です。いわゆる「平凡な人生」などあり得ないんだと。

 

 

 

よく。自分の歩んできた人生について「あの時ああしておけばよかった」「こうしておくべきだった」と、後悔される方がいらっしゃいます。

これは持論ですが、今の自分が、今ここいるというのは、過去の一瞬一瞬を、逆らう事の出来ない力・圧力等 (これは、外からも内からも) と対峙しながらも、曲がりなりにもベストだと選択してきた、その結果なので、もし (はありませんが)、「あの時ああしておけばよかった」という通りにやり直せたとしても、それが今よりも満足した人生を送れるか、と言われれば、そんなことはないと思います。何故なら、そもそもそう思う人は、どんな人生を歩んでも、結局どこかで後悔する羽目になりそうだからです。そしてまた戻りたくなる…。

 

 

常に、今考えれるベストを尽くして進んでいくのが大事なのではないかと、そうすれば、後悔という感情も浮かばないのではないかなと、私は思うのですが。

読みながら、そんな事を考えました。

 

 

 

AYUOさんはそうやって人生を進んできたように感じます。人から見たら壮絶で特別な人生ですが、当人は只々その時その時を最善を尽くして生きてきた。そんな感じです。

それから、自分のことを語っていながら、達観しているというか、妙に醒めた語り口で、自分を他者として突き放して接しているような感じを受けます。自己憐憫に陥っていません。それも面白く読める一因です。

 

 

 

まだ全部読んでないのでこの辺にしておきます。