面白い記事でした。タイトル「『いいね』が全くつかなくても、作品を発表し続ける意味はあるのか?」。私からみると自明な問いかけですが、実際にいるんですよね、「音楽って儲かりますかね〜」とか聞いてくる人とか。
あと知り合いになったミュージシャンで、SNSの「いいね」お願いしますとか、YouTubeチャンネル登録お願いしますとか、あとツイッターのフォローお願いしますとか、真剣に言う人がいるので驚きです。
まあモチベーションは人それぞれでいいんじゃないかと思いますが。実際「サラリーマンはヤだから」「モテたいから (他者から承認されたいからも同様)」で、一生懸命にやったり。
もちろん、単なる「好き」を超えて「これしか出来ないから」「他にやる事など考えたこともない」という、切羽詰まった理由で、創作を行なっている方々もいらっしゃいます。
実際のところ私はどうなんだろうと考えました。
この記事の数日前に、村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの特別番組「村上RADIO」の記事が、同じくYahoo!ニュースに上がっていました。
その中でこんな話をされていました。
僕はいつも言うんですけど、本当の音楽とか、本当の文学とかを理解する人の、あるいは理解しようと努める人の数って、だいたい全人口の5%くらいなんです。その5%のコアな人たちは、流行り廃りに関係なく、日常的にしっかり腰を据えて本を読んだり、音楽を聴いたりします。たった5%かって思われるかもしれませんが、でも日本の場合、5%だとだいたい600万人くらいになりますよね。そういう人が600万人もいれば、それでまあ十分じゃないですか。けっこう豊かなマーケットになります。そういう意味合いで、僕は今の状況に対してそれほど悲観的ではないんです。
ーー12月27日「村上春樹「あっと驚く意外な人たちが登場します」2つのサプライズを発表! その中身とは?」より引用
面白い発言だな〜と感心しました。
その5%の人たちは、スーパーマーケットやコンビニエンス・ストアでパンやお惣菜を買うように、あるいは、ガソリン・スタンドで給油するように、何の躊躇いもなく音楽や本を買っているのでしょう。
つまり、欲しいというよりも、どうしても必要だからお金を払っている。そんな人々がいるので、音楽も文学も廃れはしない、ということなのでしょう。
そして、そうしたリスナーや読者の中の、更に数パーセントの人たちが、やむに止まれず、自分で奏で始めたり、語り出したりするのでしょう。自分の食べたい料理を自分で作るように。
創作は自分の意思でというよりも、自分にとって必要だから行う。「好きだからやっている」つもりの、私の曲作りのモチベーションは、案外そんなことかもしれないなあと。
アルバムが完成して実は、他人はどう聴こえるんだろうとかちょっと気になっていたんですが、この記事を読んでいると、そんな事はどうでもいい気がしてきました。聴く人は聴くし、聴かない人は聴かない。それでいいんじゃないかと。
もっと満足出来る曲が出来るように、日々精進したいなあと。