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【2019年10月26日】「年老いたフリして」歌詞書けました!\\\\٩( ‘ω’ )و ////

添削を繰り返していた「年老いたフリして」の歌詞ですが、一応完成しました。

 

 

数日前に、若い頃は早く年をとってしまいたかったと書いた自分ですが、今、それなりに年を重ねて思うことは、「何とかこの歳 (今、55歳です) まで生き延びることが出来てよかったなあ」ということです。まさに若い頃の予感?的中で、心中は10代〜20代の頃に比べて実に安定しています。

 

 

年を重ねた今だからこそ書けた歌詞です。大事に歌いたいと思います。

 

 

 

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年老いたフリして

 

 

 

年老いたフリして   杖ついて歩く

 

そのまま電車に   子どもが席譲る

 

座って窓眺める   老人が見つめる

 

それは僕の顔   過ぎ去りし時想う

 

 

Ah〜

 

 

君は言う   早く年とってしまいたい

 

どんな綺麗な子も   皺くちゃになるわ

 

しあわせ   ふしあわせ   全ては皆同じ

 

僕らは歩いてる  同じ道歩いてる

 

 

Ah〜

 

 

年老いたフリして   風に吹かれふ〜らり

 

年老いたフリして   咳などしてみたり

 

深い森の中   道に迷ったような

 

気付けばほんとうに   年老いてしまってた

 

 

Ah〜

 

 

 

 

数日前に上げた、ザ・キュアのジャケットの老人と並んで、私の中で印象深い老人はこの人。

デヴィッド・シルヴィアンさん「レッド・ギター」(‘84年) のPVで、いきなり最初からアップで登場するこの老人です。

 

 

デヴィッド・シルヴィアンさんは、元ジャパンのボーカリスト。当時、YMOやニュー・ウェイヴにはハマりましたが、ジャパンにはちょっと距離を置いていました。ジャパンの曲はミックのベースラインばかり耳で追っていたように思います。

思うに、当時ジャパンはミーハー女子人気が凄くて、音云々よりも多分それが嫌だったのではないかと。

 

 

しかしこの「レッド・ギター」はすごくいい曲で、MTV番組でこのPVを観て、収録のファースト・ソロ・アルバム「ブリリアント・トゥリーズ」を速攻で買いに行った記憶があります。

このアルバムは、アンビエント・ミュージックと歌メロが絶妙なバランスで上手くマッチしていて、全曲聴き応え十分です。CDでも買いなおしてよく聴きました。因みに次作「ゴーン・トゥ・アース」からアンビエント比率がグッと上がり、このアルバムにガッカリした私はその次からは聴いていません。

 

歌モノもリリースしていたので、中古盤見つけたら聴いてみようかなと、久しぶりに「レッド・ギター」を聴いてちょっと思いました。

 

 

 

【2019年10月25日】「年老いたフリして」〜 原型は、つげ義春「無能の人」だと気付く

この曲の歌詞を書き始めて思ったのは、若い頃に読んだ、つげ義春さんの連作マンガ「無能の人」(‘85年) です。

 

 

 

「無能の人」には、日々寝そべって古本屋を営んでいる山井という人物が登場しています。たしかお客様が来ても、自宅兼店舗で寝そべって、コホコホと咳をしていました。商売人としてはありえないのですが (笑)、しかしこのマンガの中では妙にリアルに感じました。私の最も好きなキャラクターでした。

 

 

この山井さん、出掛けるときは杖をついていて、ヨロヨロと歩き、まだ若いのに老人っぽいのです。

既に手元にない本なので仔細なところは不明なのですが、おそらく若くして老人になりたかったのだと、今思います。ここには作者、つげ義春さんの思想が多分に入っているかと思われます。(そういうマンガだったと)

 

 

 

余談ですが、将棋の高校生棋士の藤井七段 (既に七段になっていた) は、中学生の頃、「小さい頃早くおじいちゃんになりたかった。そしたら毎日将棋を指せるから」というようなことを仰っていたそうです。私や知人のお母さん以外にも、いろんな個人的な理由で世の中に「早く歳とってしまいたい」と思っている人たちは、それなりに多いんじゃないか、と思った訳です。

 

 

 

 

表現することによって、マイナスがプラスに転じるということは、今までに数回このブログでも書いています。

昔、作家の村上龍さんが、ジャン・ジュネ「泥棒日記」を読んで、「私生児でオカマで泥棒であることが最高であるように思えた」と、どなたかとは忘れましたが対談?インタビュー?で仰っていました。

 

 

「無能の人」も「泥棒日記」同様、どん底の人たちが輝いて見える、見事な転じっぷりの話です。そして「無能の人」や「泥棒日記」(読んでないけど) が輝いて見えるのは、それは作者にとって「本当のこと」を書いているからだと感じます。

 

 

ここでいうところの「本当のこと」は、現実描写ではありません。創作には多分にフィクションが入っています。「無能の人」の山井さんも、おそらくフィクションでしょう。

でもそのフィクションの山井さんから、若かった私が、生きる勇気?を与えてもらったことは、紛れもない事実です。

「無能の人」を読んでいて、私は山井さんはつげ義春さんの心にちゃんと住んでいると思っていました。表現とはそういうものではないのでしょうか。

 

 

「早く老人になりたい」も、当人の切実な願いならば、それは決してネガティブな思い、マイナス思考、ではありません。むしろプラスに輝きます。

そんな本当の思いを私も表現したいと、この曲「歳老いたフリして」を書いています。歌詞出来たらアップします。

 

 

 

 

 

「無能の人」の画像を上げようと検索したところ、この作品は映画化もされていました。

映画のラストで鐘を鳴らすシーンがいくつもアップされていました。よほど印象的なシーンだったのでしょう。