【2017年11月21日】ロック・アーティストの死

数年前からロック・アーティストの死が相次いでいます。しかも、普通に。一般的な病気で。

 

 

こう書くと、ロッカーも高齢化になっているので順番に逝ってしまうのは当たり前じゃないか、人間なんだし、と思われる方も多いと思います。
しかし一昔前は、ロッカーの死というのは「特別な死」でした。ドラッグや事故、自殺や他殺など、「特別な生」を生きる、ロック・アーティストらしい (?) 壮絶な死に様が多く、これに関してはいろんなネタ本などでも触れることが出来ます。
私など、’70年代からロックの世界に影響を受け続けてきた人間は、そんな死が当たり前なのだと思ってきたフシもあります。

 

 

ところが、ホントに当たり前の事なのですが、今世紀に入ってから、徐々に「普通の死」が増えてきました。まあ死に特別も普通もないんですが。

 

 

そして私に限らず、ベテランのロック・アーティストのライブへの接し方も変わってきた人も多いんじゃないでしょうか。
昔は、大好きな◯◯が来る!行こう!だったのが、◯◯が来る?もしかしたら見納めになるかもしれないから、行っとこうか、です。親の死に目に立ち合うという感じです。別にその人の死期が決まっている訳ではないんですが。(アーティストに失礼)

 

 

 

 

実は昨年、不謹慎かもしれませんが、私の大好きだった、今は亡きアーティストたちの楽曲を数曲ずつ入れた、1枚のCDを編集しました。ジョージ・マイケル、プリンス、ボウイ、EL&P、ルー・リード、… と、最近亡くなった方から遡って曲を入れていきました。

 

 

時々聴き返しますが、生の証をこうして鮮烈に遺したアーティストたちのプレイを聴く度に、その歌による感動はもちろん、自我の確立や人格形成へ多大な影響を与えてくださった事や、人生の苦しい場面に (歌で) 助けていただいた事、勇気を与えてくださった事などを思い出し、何というか、襟を正される気がします。

 

 

 

 

画像は1992年、UKウェンブリー・スタジアムで、フレディ・マーキュリー追悼のコンサートで7万2千人の前で歌うジョージ・マイケル。